デス・オーバチュア
第246話「奇縁錯綜」




青い長髪と瞳、清潔感漂う医者の白衣、両手に三本ずつ握られた白銀のメス。
赤い上着とスカート、黒いニーソックス……つまり、セーラー服(女学生の服)を着ていながらも、自分は医者だと全身で主張していた。
「護身用に一本持っておきなさい」
女子高生医師……メディアは左手のメスを一本、タナトスへと放る。
「とと……うっ!?」
反射的に右手でメスを掴んだタナトスは、ガクンと体を沈ませた。
「重い……?」
見た目と実際の重さに差がありすぎる。
白銀のメスは、普通サイズのメスでありながら、両手持ちの大剣並み……いや、それ以上の重量があった。
「そう? まあ、神銀鋼(ゴッドシルバースチール)製だから……それでもかなり軽量化されているのだけどね」
メディアは白衣の中に左手を一瞬入れたかと思うと、タナトスに渡した分のメスを補給している。
「もう一本予備があるけどいる?」
「いや、いい……」
「そう、遠慮しなくていいのに」
つまり、この女子高生医師はこんな重量のメスを計八本、白衣の下に持ち歩いているということだ。
「それにしても実に興味深い骸骨ね。神銀鋼や精神感応重圧変化金属(スピリットインフルエンスヘビープレッシャートランスフォーメーションメタル)よりはワンランク落ちるものの、通常の地上の物質よりは遙かに硬い……」
「スピリ……インフレ?」
「オリハルコンのことよ」
メディアはクスリと笑うと、タナトスに解るように言い直す。
「で、エランから伝言……」
突然、骸骨兵士が三体、メディアの背後の大地から飛び出した。
「そろそろ戻ってこい……だそうよ」
メディアはタナトスと向き合ったまま、骸骨兵士を見もせずに細切れにする。
「この前、クリアに襲撃者があってね……」
その後も前後左右、あらゆる場所から骸骨兵士が飛び出してくるが、出現した次の瞬間には細切れになって崩壊していた。
「自分が表に出て守るのはかったるいと思ったんじゃない?」
「…………」
「……ん、どうかしたの?」
「……いや……」
タナトスはメディアの『強さ』に言葉を失う。
骸骨兵士の解体……メディアのメスさばきはあまりにも速く、正確すぎた。
しかも、相手を見てもいない。
視認するまでもなく、気配を感じた次の瞬間にはすでに切り刻み終えているのだ。
まったく同じサイズのサイコロのような無数の肉片に……。
「ん?」
骸骨兵士が再び全滅した瞬間、青い流星が森の中から飛来した。
流星の正体は、青い光輝に全身を包み込んだ皇鱗である。
「あっ……?」
「なるほどね、この前の希少生物……これで、この骸骨の説明がつく」
「嫌なタイミングで見つけ……ううん、好都合って考えなきゃ……でも……」
メディアと遭遇した皇鱗は戸惑っているようだった。
彼女の黒いイブニングドレスは何があったのか、所々ズタズタに切り刻まれている。
「あの人形に追いつかれる前に速攻で片づけてあげる! 復讐開始〜っ!」
皇鱗は両手にそれぞれ青く輝く光球を生み出すと、タナトスに向かって飛びかかった。
「復讐って……初対面じゃ……?」
「問答無用! 説明不要〜っ!」
「くぅっ!」
タナトスは右手に持ったメスで迎撃しようと構える。
「きゃううっ!?」
一つの銃声と共に、二十六発の弾丸が皇鱗の顔面に叩き込まれた。
皇鱗はタナトスへの攻撃を完遂できず、不意打ちの衝撃で墜落する。
「お前を庇ってしまったのは……これで二度目だな……」
タナトスの前に割り込んだ、涼しげな白いサマードレスの白髪赤眼の美少女が、黒色の拳銃をもった右手と、銀色の拳銃を持った左手を交差させて突きだしていた。



金髪巫女が骸骨兵士をまとめて薙ぎ払う。
東方大陸の巫女装束を着こなした金色のストレートロングの少女エアリスは、猛々しく暴れ回っていた。
骸骨兵士を彼女の爪が切り裂き、拳が砕き、掌が握り潰す。
「脆いな、カルシウムが足りていないのではないか?」
荒れ狂う黄金竜の前に、彼らはあまりにも脆く脆弱だった。
「貴様等など喰らう気にもならん!」
エアリスが軽く放った蹴りで、骸骨兵士が粉々に破砕される。
「異界竜ゾンビとでも言ったところでしょうかね?」
際限なく湧き出てくる骸骨兵士達を蹴散らすエアリスの後を、学者のような黒衣の男が悠然と歩いていた。
「いえ、ゾンビというのはやはり正確な表現ではないかもしれませんね」
銀の眼鏡をかけ、後ろ髪を無造作に束ねた青年……コクマ・ラツィエルは、エアリスが討ち漏らした骸骨兵士の攻撃を、予め解っていたかのように、最低限の動きでかわす。
攻撃をかわされた骸骨兵士は、無数に切り裂かれ、水色の炎で燃え上がっていた。
「人工物ぽいですからね」
コクマの左手にはいつの間にか、水色の半透明な剣が握られている。
「処理が間に合わないのなら、手伝いましょうか、エアリス?」
「ふん、不要だ!」
エアリスは両手でそれぞれ別の骸骨兵士の頭蓋骨を掴むと、引き寄せてぶつけ合わせ、粉砕した。
「まとめて吹き飛ばしてくれる……」
そう言うと、エアリスは息を大きく吸い込む。
コクマが後方に飛び離れた直後、エアリスの口から超高出力で莫大な白光が吐き出され、前方の骸骨兵士達を森ごと跡形もなく掻き消した。
消し去る息(イレーザーブレス)、この黄金竜は火炎でも吹雪でもなく、地上のあらゆる物質を消去する純粋な破壊エネルギーを口から吐き出すのである。
「どうだ、これで文句あるまい!」
エアリスは後ろを振り返ると、勝ち誇るように言った。
「ええ、御苦労様です、エアリス。ですが……」
「ん? な……」
何と聞くまでもなく、答えが解る。
森の消し飛んだ地表から、新たな骸骨兵士が大量に飛び出してきたのだ。
「ええいっ! キリのない!」
そちらを向き直ると、エアリスは先程よりも深く空気を吸引する。
「プレシズ・ヘヴン!」
「ぶぅっ!?」
エアリスは吐き出しかけた息を途中で止めた。
吐く必要がなくなったからである。
全ての骸骨兵士が、無数の粒子のように細かく切り刻まれて消滅してしまったのだ。
「……LV4、やはりこの辺までしとくのが無難ね」
殲滅された骸骨兵士の一団と入れ代わるように、左手に赤い長尺刀を右手に分厚い書物を携帯した修道女がその場に立っている。
「一瞬で八千百二十八回も斬りますか、大したものですね」
「数えられたあなたも大したものよ。それとも、数えるまでもなく最初から『識って』いたのかしらね〜?」
修道女ディアドラ・デーズレーは、長尺刀を開いた書物の『中』にしまうと、代わりに全長30p(センチ)程の人形を取り出した。
分厚い書物の方は閉じられたと同時に空間から消失する。
「さあ、どうでしょうね? ところで、初めましてでしたか、ドールマスターさん?」
「う〜ん、初対面のようなそうじゃないような……多分、『私』は初対面なんじゃない? 黒天使さん? それとも失われし帝国の最後皇帝?」
コクマとディアドラは、互いを見透かすように微笑し合った。



「まったくもう、皇牙ちゃんの大事な下僕を台無しにしてくれちゃって〜」
皇牙はぷんぷんと怒っているようだが、あんまり真剣に怒っているようには見えなかった。
実際、骸骨兵士の百や二百など大した損害でなく、ファネルを瞬殺したことで気も済んでいるのかもしれない。
「……異界竜か……この次元にはもう一匹もいないはずだがな」
「何事にも例外というものがあるのよ」
ディーンは座り込んで酒を呷りながら、アリスは広げた縮退扇ごしに、珍獣でも見るかのような眼差しを皇牙に向けていた。
「まあいいわ。とりあえず、あなた達に恨みはないと言うか、誰だか知らないけど、復讐させてもらうわね」
先程までの愚痴は前置きか何かだったのだろう。
皇牙は、ディーンとアリスに対して八つ当たり……見境無しの復讐を開始しようとした。
「重圧殺!」
だが、それより速く、アリスが縮退扇を振り下ろし、不可視の重圧が皇牙にのしかかる。
「くぅっ……皇牙ちゃんを竜牙兵なんかと一緒にするなぁぁっ!」
叫びと共に、皇牙はあっさりと重圧を弾き飛ばした。
「まあ、本物の異界竜にこの程度の重力が効くわけないか……」
アリスはさして驚いた風もなく、振り下ろした際に閉ざされた縮退扇を、再び広げて口元へと持ってくる。
「あんた達の力はすでに見させてもらったわよ。その程度の重力じゃ皇牙ちゃんを留めることはできないし、そんな刃物じゃ皇牙ちゃんに傷一つ付けることもできないわね〜」
皇牙は勝ち誇ったように嘲笑った。
「じゃあ、今度は皇牙ちゃんの番……」
「いいえ、まだこちらのターン」
相手の言葉を遮りながら、アリスは軽やかに空へと舞い上がる。
「重閃爆撒(じゅうせんばくさつ)!」
アリスの周囲に無数の黒い光球が生まれ、縮退扇が振り下ろされると一斉に地上へと解き放たれた。
「きゃあっ!?」
皇牙は、身を守るようにマントで全身を包み込む。
重力弾の爆撃がまともに皇牙に降り注ぎ、爆発が彼女の姿を覆い隠した。
「九蓮宝燈……」
天へと掲げたアリスの左手に、光り輝く黄金の『槍とも杖ともつかない奇妙な長物』が出現する。
長物はよく見ると、先端は螺旋状に渦巻くような形をしており、全体に様々な種類の宝石が無数にちりばめられていた。
「ちょっと、いきなり危ないじゃない! 皇牙ちゃんじゃなかったら……えっ?」
爆撃に耐えきった皇牙は、闇夜を照らす黄金の太陽を目撃する。
「スパイラルグラファー!!!」
巨大な黄金の太陽が、螺旋状に超高速回転しながら皇牙を狙って撃ちだされた。
「つっ……皇牙ちゃんを舐めるなああっ!」
皇牙は右手をぎゅっと握り締めると、右腕を大きく引き絞る。
そして、自分を呑み込もうとする巨大な黄金の太陽に、右拳を思いっきり叩きつけた。
太陽が爆発し、黄金の閃光が皇牙の姿を呑み尽くす。
「………まあ、こんなところね」
アリスはいつの間にか、ディーンの横に立っていた。
「……遊びすぎだ」
「いいのよ、ただの時間稼ぎだから」
そう言うと、自分の役目は終わったとばかりに床へ座り込む。
「……ふう、なかなか大した一撃じゃない。皇牙ちゃんじゃなかったら跡形もなく消し飛ぶところだったわ」
黄金の閃光が晴れると、無傷な皇牙が姿を現した。
「さあ、今度こそこっちの番よね! 二人まとめて……」
「ああ、悪いけど、私達は観客に回らせてもらうわ」
「なっ!?」
「ほら、あなたの相手なら選り取り見取り」
アリスは皇牙の後方の森を指差す。
「まったく、いつからここは死霊の森になったのよ? 戻ってくるのが一苦労だったわ」
森の中から、天使人形を胸に抱いた銀髪の少女が姿を現した。
「まさか、あたしや姉様の修行のために放ったとか言わな……あ?」
銀髪の少女……クロスティーナは予想外の人物との再会に、一瞬キョトンとする。
「あなた、確か……」
「見つけた……見つけたわよ、銀髪女あぁっ!」
「ち、ちょっとたんま! あなたを吹き飛ばしたのはあたしじゃなくてセレスティナで……あ、でも、今はあたしがセレスティナで……いや、でも、正確には違って……」
「問答無用! 黙って皇牙ちゃんの復讐の餌食になりなさい! この銀ぎら菌(きん)!」
「銀ぎら菌!?」
「皇牙ちゃんの誇り(プライド)を傷つけた罪……今こそ償ってもらうわ! あんたの体でねっ!」
皇牙の八つ当たりでない、正当な復讐が今始まろうとしていた。






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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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